オタクとしての資質が違った話

隙あらば自分語りしてすみません。
はてブはそういうのが許される場所だと聞きました。

今回オタクとしての資質の話をしたいなって思ったので、開いてくれた人はお付き合いいただけると幸いです。
また、文章中に二宮さんの結婚、自担作間くんの騒動など出てきます。ダメな方は先読まれないようにしてください。








私は10周年のときの嵐に堕ち、無事ジャニオタの仲間入りを果たしました。ド新規として毎日を送り、時に担降りや目移りを繰り返しまして、今は嵐の櫻井翔さんとHiHi Jets作間龍斗さんの掛け持ちオタクをやらせていただいております。


早速なんですけど、私は何より自担が叩かれてるのを見るのがこの世で1番の苦行だと思っています。今年の9月とか本当に生き地獄でした。あらゆるジャニオタの皆さんが、プロ意識がないと叱ってらっしゃいました。

そういう私はというと、実際写真を見た時はなんの感情も起こりませんでした。起こらなかったと言うと少し盛った。あらら、こりゃやっちゃいましたなと思った、そのくらいでした。嵐のことで言うと、二宮くんの結婚、え、みんな何をそんなに怒ってるの?と思っていました。いや、もちろんタイミングだとかプロ意識だとか、もちろん分かるんです。やっちゃいけないことかもしれないんですけど。

でもそこまで怒れるほど、私の感情は発達してなかったんですよね。


ここで、私は
『あれ、これもしかして私の熱量が他のオタクに追いついてないんじゃないか?』
と思ってしまったわけです。


私はもちろん嵐のシングルもアルバムもDVDも残さず買ってきたし、コンサートも1名義ながら全力で当てて楽しんで、外して悲しんでしてきたつもりでした。HiHi Jetsのコンサートはまだ行ったことないけど、ドリボ当てるために結構電話かけて繋がって泣いて喜んだし、YouTubeHiHi Jetsがヘッダー取れるように必死に回してきたつもりでした。このグループが幸せになれれば、と思っていたつもりです。

なのに、アイドルとしての資質が問われる騒動(二宮くんの結婚がそれに当てはまるかはさておき)が起こった瞬間にこの子達のために怒ろうと思わなかった。その上、もうこの子達のこと怒らないであげてくれとまで思った。反省してるかどうかとか、どう思ってるかなんてその子たちが口に出すまでは分からないのに、他人が強要したって意味ないと思ったり。

なんだかジャニオタ向いてないんじゃないかなぁと考えていた時、リアルな友人(JUMP担)がTravisJapanがバックにつくことが決まったことに苦言を呈していました。(私はJUMPだけが見たい!って言ってた)これも私は共感が示せなくて。なんだか辛くなって、友人に少し愚痴みたいに話してた時、「オタクとしての資質が合ってないんだよ」と言われました。


その時に、あ、これ私とこの子の熱量が違うことに違和感を感じることは無いんだ。と思いました。
だって私たちオタクとしての資質が違うから。

多分私が怒るラインとその子が怒るラインは違うし、喜ぶパフォーマンスも違うし。多分この世の人達で目にしたくなかったツイート見ちゃうこととかあると思うんですけど、その人と私のオタクの資質が違うんですよ。だって人間だしオタクといえども。だから、こうしないと真のファンじゃないとか、怒れてこそファンだとか、そういうのは違う。それぞれがそれぞれの熱量を持ってファンなんですよね。

これ多分普通にオタクじゃなくて世論とかでも同じなのに、なんだかオタクの社会になると急に狭くなって、こうしないとダメだ、こうしなきゃに急かされる気がします。みんなオタクに定義するのやめよう。オタクはこうあるべき、みたいな定型文いらなくない?最低限のマナーとルールさえ守れればそれでいいじゃん。って思います。

ぬるオタの戯言みたいですか?そもそもオタクにぬるいもあついもないんですよ、だってその子を応援し始めた、好きになった、幸せになって欲しいと願った、それだけでオタクになれるんですから。だからこれからも作間くんの、HiHi Jetsのデビューのためにやれること沢山やって満足するまでやってやろうと思ってます。だって私Hiレベルな女なので。

つまり、何が言いたいのかって言うと、自分を見失わないようにオタクやろうよってことでした。ここまで読んでもらったら分かる人いるかも知んないけど、私『多分』の多用しすぎ。